日本翻訳連盟(JTF)

プロが教える日本語文章の校正・リライトのテクニック

2015年度第3回JTFスタイルガイドセミナー報告
プロが教える日本語文章の校正・リライトのテクニック

 磯崎 博史

1987年、日本大学文理学部国文学科卒業後、都内の編集プロダクションに勤務。特に単純誤植や誤構文等の検出と修正については注目を受け、「磯崎関所」と呼ばれる。その後、出版社等勤務を経て2003年に書籍の校正を行う個人事業所「プロ・フィール」を開業。以来200冊以上の書籍を手がけたほか、現在は各企業においてテキスト制作のコンサルタント、および文章顧問としても活躍中。最新の自己定義は“日本語お助け人”。
http://nihongo-otasukenin.jp

 



2015年度第3回 JTFスタイルガイドセミナー報告
日時●2015年4月24日(金)10:30~12:30
開催場所●剛堂会館
テーマ●プロが教える日本語文章の校正・リライトのテクニック
登壇者●磯崎 博史 Isozaki Hiroshi(校正者/リライター)
報告者●川月 現大(有限会社 風工舎)

 



 講師の磯崎博史氏は長らく校正者・リライターとして活躍しており、多数の有名企業を顧客に持つプロフェッショナルだ。磯崎氏のセッションは今回の4回連続セミナーで唯一満席になり、翻訳業界関係者の関心の高さが再確認できた。
 
 講義の冒頭では、顧客から「翻訳文が読みにくい」という声をよく聞くという話があった。最近、(ビジネス・自己啓発ジャンルを中心に)翻訳書を原作とする漫画本をよく目にするのは、翻訳書をその読みにくさゆえに敬遠する読者が多いためではないかと指摘した。

 さらに、翻訳文においては「日本語として自然」かどうかが極めて重要であること、「選ばれる翻訳者」になるには「日本語の運用能力を高める」必要があると述べた。そして、「小さな改善を積み重ねることが全体的な品質向上につながる」と強調した。
 
 以降は実習中心の講義となり、次の4つをテーマとして課題が出された。
 
  1. ふさわしい語句の選択
  2. 重複の解消
  3. 適切な表記に
  4. 正文に仕上げる
 
 なお、4. の「正文(せいぶん)」は「構造の正しい文」という意味で使っており、主語と述語が対応しているか(文の“ねじれ”の有無)、語句の修飾関係が適切かどうかが問題となる。
 上記4つのテーマいずれにおいても「文脈の正確な把握」が大前提としてある。なお、これは原文のみならず、自分が書き起こした文章においても同様である。
 
 以下では、紙幅の都合もありすべてを紹介することはできないため、特に参考になると思われる課題を紹介する。

ふさわしい語句の選択

 ここでは「謙虚な額」よりも「控えめな額」が好ましいといった「語と語の親和度」、コロケーションなどに関わる課題が出された。
 
【課題文】4項目で構成されたこのプランは、当社の目標を明確に示しています。
【修正例】4項目からなるこのプランは、当社の目標を明確に示しています。
 
 これは特に産業系の翻訳者がやりがちな訳文だ。修正例では、漢語に代えて和語を使っている。「和語にすると日本語らしくなる。まして翻訳文というのは漢語が多くなりがちですから、できるだけ和語を使うように心掛けるというのもひとつの考え方」とは講師の言。

 筆者が思うに、このような訳文がなくならない原因のひとつは「翻訳メモリー重視」の翻訳環境にある。過去の訳文を生かそうとすると、多少のぎこちなさは無視されてしまうのだ。この問題については、日本語の運用能力とは別の能力、たとえば顧客との交渉力、リンギストへの提案能力が問われることになるだろう。

重複の解消

 ここでは「同一助詞の3回以上の連続」などの重複表現を解消し、読みやすくする手法について学んだ。
 
【課題文】電子書籍が読める端末は米アップルの「iPad(アイパッド)」など、米国発の端末が先行している。
【修正例】電子書籍が読める端末は米アップルの「iPad(アイパッド)」など、米国発の製品が先行している。
※課題文は、朝日新聞/2010年6月9日朝刊より。
 
 この課題では「端末」が2回連続して登場し“ぶつかって”いるので良くない。2つめの「端末」を上位概念の言葉に変えて、1つめの「端末」を包んであげるとよい。ここでは「製品」という上位概念の言葉で「端末」という下位概念の言葉を包摂している。ちなみに「上位概念/下位概念」は、語彙論の分野での「上位語/下位語」関係と同じと考えてよい。

適切な表記に

 ここでは、文意に合わせた適切な表記、品詞別の表記などについて学んだ。
 
【課題文】そして先生は、ご家族のことについてお話になった。
【修正例】そして先生は、ご家族のことについてお話しになった。
 
 課題文のほうの「お話」は名詞の形になっているが、ここでは動詞として使われているため連用形の「お話し」が正しい。このほかに、名詞「光」/動詞「光り」のように動詞になると送り仮名が付く例が紹介された。

正文に仕上げる

 最後のテーマは「正文に仕上げる」。これは、翻訳文を完成した商品として成り立たせるために不可欠な作業となる。
 
【課題文】両ひざに手をつく阿部。チームは、このオランダの司令塔スナイダー対策を巡って試行錯誤していた。
【修正例】両ひざに手をつく阿部。チームは、このオランダの司令塔スナイダーへの対策を巡って試行錯誤していた。
※課題文は、朝日新聞/2010年6月20日朝刊より。
 
 スナイダーはオランダ代表のサッカー選手。この課題文の問題点は、「司令塔」「スナイダー」「対策」の3つの名詞が連結されているところだ。講師は、「司令塔」と「対策」がどちらも「スナイダー」と直結しているため、結果的に語句間の修飾関係に問題が生じているとした。つまり、「司令塔スナイダー」と「スナイダー対策」というあくまで別々の表現同士が、「スナイダー」を持ち合ったまま折り合いがつかないでいるのである(「司令塔」が指し示すものはあくまで「スナイダー」であり、「スナイダー対策」ではない)。「司令塔」と「スナイダー」は同格で結合度が高いためひとまとまりのものとして考えてよい。あとは「司令塔スナイダー」と「対策」をどのようにつなげるかが問題となる。ここでは「への」という助詞(正確には複合格助詞)を入れればよいということだった。

 なぜ「への」という助詞でよいのか? ここでは、たまたま「対策」という名詞を使っていたから「への」で問題なかった。思考実験として、たとえば「司令塔スナイダー退場」だったらどうなるだろうか? いくつか回答は考えられるが、「司令塔スナイダーの退場」が最も単純だろう(「司令塔スナイダーへの退場」とはならない)。何を言いたいかと言えば、同じ構文であっても名詞あるいは動詞の種類によって接続する助詞が変わる、ということだ。この課題文の場合はわかりやすいため間違えることはないだろうが、もう少し複雑な内容の場合はそうたやすくないことも考えられる。英語の構文解析のみならず、日本語の構文解析(品詞分解も含む)もできるようになっておけば心強い。

まとめ

 翻訳者の視点では見逃されがちな表現に関する指摘は大いに参考になったと思われる。特に参考になったのは、良い日本語表現ではないと気がついたときに、どのような方策(ストラテジー)を用いて解決してゆけばよいのかを提示してくれた点だ。このような“引き出し”が翻訳者の頭の中に増えていけば、品質の高い成果物を生みだせるようになるのは間違いない。

 今回は短い時間でワークショップ風の進行だったため、講義は駆け足に感じられた。いくつかの疑問点も解消されないまま残った。和語(大和言葉)の使用についても、逆に漢語を使ったほうがよいケースも考えられないのか? 成果物たる翻訳文が掲載される媒体によって訳語の選択も変わってくるはずだが、何か指針はあるのか? 校正プロフェッショナルの辞書活用法はどんなもの? などなど、磯崎さんにお尋ねしたいことはたくさんある。定員オーバーで受講できなかった方のためにも、本講座の上級編をJTF翻訳セミナーで開催してもらいたい。
 
 最後に、関連記事として拙ブログ記事を紹介しておきたい。ここまでは、セミナーの内容を中心に紹介してきたが、ここに書ききれなかった感想について以下のページで公開している。ご笑覧いただければ幸いである。

JTFスタイルガイドセミナー「プロが教える日本語文章の校正・リライトのテクニック」を受講して 

執筆者:川月現大(編集者)
http://www.wayaku.jp/blog/?p=443

 

 

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