日本通訳翻訳学会 翻訳通訳テクノロジー研究プロジェクト 特別会合
日本通訳翻訳学会
翻訳通訳テクノロジー研究プロジェクト特別会合
The mechanics of human translation
2016年3月25日(金)13:30~16:00
開催場所●国立情報学研究所
講師●Moritz Schaeffer (University of Mainz, Germany)
テーマ●The mechanics of human translation
オーガナイザー●山田優(関西大学)
報告者●目次由美子(LOGOStar)
「人間翻訳のメカニズム」というタイトルが掲げられた本講義では、翻訳者の頭の中で展開されるプロセスを想像しながら興味深く内容を聞くことができた。
Moritz Schaeffer氏は過去のさまざまな翻訳プロセスに関する検証を解説してくれた。たとえば、単一言語のみとして中国語を解する15名、単一言語英語のみを解する15名、そして中国語と英語を解するバイリンガル15名という3チームに分かれて、四角や丸などの図形を見て認識するまでの時間を計測した事例が紹介された。この検証で求められたのは、翻訳者がテキストに反応(reaction)するまでの時間だったそうだ。
「翻訳」という作業は単に認知的な活力を要する(active)ものではなく強い(intense)ものであるという趣旨の指摘があった。モノリンガル話者が文章を読むことというのは、翻訳をするために読むのとは根本的に異なるとのこと。
最近では、翻訳者の目の動きを追跡した研究も行われてもいる。欧文の文章を読むとき、単純に「読む」のであれば、左から右へ、上から下へとほぼ一直線に視線は動き、これはアイトラッカーでも記録される。しかしながら、翻訳作業ともなると、視線は文章を右往左往し、上へ下へと行きつ戻りつ、分析結果として目の動きを示すための点印(凝視点)は記録と呼ぶには躊躇されるほどの塊を形成する。読むことで必要とされるのは理解すること、翻訳作業では活気が求められる。これが結果に如実に表れていると考えることもできる。
その他に、読むことに費やされる時間、凝視対象の語数、特定の単語を凝視している時間が計測されている検証もあれば、読む時間・コピーする時間・翻訳する時間が比較されていたり、最初に入力された文字から右側へ並べられた約30ワードを読み終えるまでの時間をプロの翻訳者と学生で比較していたりと実に多種多様な検証が行われてきた。
また、文章を読み終える前に翻訳が始められることがあるとも言及された。日本語では文章の末端で否定形や疑問形に転じることもあるので、言語にも依存するのではないかと個人的には思うが、文章を読み終えずとも頭の中で翻訳が始まっている経験はいずれの翻訳者にもあるのではないだろうか。では、翻訳は自動的(automatic)に始められるものか、それとも常に意識(conscious)が伴う作業なのか。残念ながら、目の瞳孔の開きを計測するなどして意識下にあるかなどを現在の科学の力では把握できないそうだ。
これと同様に「声に出して読むこと」の重要さも指摘された。頭の中の雑音とでもいうのか、原文に掻き消されないよう、自らの訳文を読み上げたり、テキスト読み上げツールを利用する翻訳者についてなどの実例も積極的な参加者から紹介があった。
「翻訳」という作業からもたらされる研究の妙と言ってもいいのか、このような研究の成果として何が得られるのかに興味を覚えつつSchaeffer氏の講義を聞いていたところ、同様の問いを発した参加者があった。同氏は、翻訳を理論に基づいて教示するためにはプロセスを正しく理解する必要があると答えた。
将来的に、より良い翻訳環境の形成や、翻訳者を対象とした作業効率を高めるための訓練法など、何かしらの形ある成果が見られる日を楽しみにしたいと思える講義であった。