[翻訳祭29.5報告]これからの翻訳業界での働き方を考えよう
JTF Online Weeks(翻訳祭29.5)セッション報告
- テーマ:これからの翻訳業界での働き方を考えよう
- 日時:2020年11月16日(月)13.00~14.30
- 開催:Zoomウェビナー
- 報告者:伊藤 祥(翻訳者/ライター)
登壇者
株式会社ワイズ・インフィニティ 運営事務局
成田 崇宏(ナリタ タカヒロ)
株式会社ホンヤク社 ビジネスデベロップメント部 部長
2005年に株式会社ホンヤク社に入社。コーディネータやプロジェクトマネージャーとして制作業務を経験し、その後、ベンダーマネジメント、CAT/QAツール管理、業務管理システムやMTの導入などを担当。2015年より業務全般の管理者として、実案件にも携わりながら品質や顧客満足度の向上に取り組んでいる。社内の働き方改革委員会のメンバーとして、業務手順書の策定・リモートワークのルールや環境整備・残業削減の取り組みなどにも携わってきた。
古河 師武(フルカワ オサム)
YAMAGATA INTECH株式会社 翻訳ビジネス部 執行役員、部長
1996年に渡米し、Second BAを取得した後、6年間現地の会社に勤務。2005年にCalifornia State University, Long BeachでMBAを取得し2008年に帰国。外資系翻訳会社を経て2013年4月に入社。従来の取説翻訳だけでなく、マーケティング資料、カタログ、SNS・ブログ、ウェブコンテンツ、UIなど幅広い分野の翻訳に対応している。2018年4月より現職。
緊急集計!翻訳業界の「コロナ以降の働き方についてのアンケート」
翻訳祭は「翻訳業界」の話題を論じるイベントであるが、意外と「翻訳会社」の企業オペレーションに着目したセッションはまれではないだろうか。コロナ禍で日本の産業のオペレーションが大きく変革を迫られる中、翻訳会社は本年をどう生き抜いてきたのか?
もちろん、コロナ禍以前から翻訳会社においても「働き方改革」には従来より取り組まれていたが、コロナ禍は彼らに在宅勤務への本格的な移行を一気に迫った。本セッションでは、複数の翻訳会社に今年のオペレーションについてアンケートを行い、多岐に渡るナマの声を集めた。その集計結果をもとに、株式会社ワイズ・インフィニティの運営事務局、ホンヤク社の成田崇宏氏、YAMAGATA INTECHの古河師武氏、3社のマネジメントが登壇、パネルディスカッションを行い、現状を解析、大きな変化を遂げた翻訳会社の働き方を分析し、さらに今後どのように変えていくべきか議論がなされた。
成功した施策から読み取れるものは何か、新たに発生した問題の本質は何か、解決するためにどう思考するか。リモート環境における従業員の満足度と生産性をともに向上させるには何が必要なのか。先行きが見えないなか、3人の豊富な経験からアンケート回答を読み解き、詳しい解説を加え、あらゆる翻訳業界のステークホルダーに向けて、翻訳会社の今そして今後、彼らが生き抜くための努力について、広範な内容が語られた。
リモートワーク先進レベルの翻訳業界
オリンピック効果で翻訳業界を含めた日本産業全体が盛り上がると言われていた2020年…。コロナ禍で一転、厳しい一年となってしまった。国の政策を踏まえ翻訳業界がどのように対応してきたのか事前のアンケート(回答44件)をもとに見ていきたい。業界ならびに他社の動向を、今後の働き方についてのヒントとしていただきたい。
Q. 貴社は在宅勤務制度を導入しているか(回答43件)
・以前より導入済 67.4%
・緊急事態宣言発令後に導入 23.3%
・導入していない 9.3%
大多数の企業が導入しており、特筆すべきは67.4%が以前から導入と回答したこと。コロナで運用が加速した面はあるかもしれないが以前から導入していた企業が多かった。
Q.(在宅勤務導入済企業に対して)在宅勤務の運用はうまくいったか(回答39件)
・すごくうまくいった 30.8%
・うまくいった 64.1%
・うまくいかなかった 5.1%
肯定回答が95%に上った。参考値として、
- 内閣府の6月の調査によれば、全国の導入率34%、東京23区55%
- デルテクノロジーの7月の調査 業種別でサービス業32.8%、情報通信業69.2%
- チャットワークの7月の自社ユーザーに対しての調査(3000人対象)では、テレワークの仕事経験81.1%
母集団が違うため単純比較は出来ないが、翻訳業界は他業種に比べテレワークに肯定的で、高い導入率で成功率も高かった。
翻訳は電子データの授受によるサービス提供、役務提供であり、様々なアプリケーションや支援ツールの使用、CATツールやMTの出現など、IT化が大変進んでおり、また、チャットツールなど直接的・間接的にリモートワークに役立つツールを数多く取り入れている業界であることが、背景として考えられる。ここまでのデータや仮説などから翻訳業界は比較的在宅勤務がやりやすい業界と言えるのではないか。
テレワーク、在宅勤務のいいところ、悪いところ
Q.(在宅勤務がうまくいった企業に対して)どういった点がうまくいったか?
業務効率が上がった、コミュニケーションは問題なくとれた、情報セキュリティの問題も発生しなかった、押印業務も問題なくできた、従業員のワークライフバランスが向上した、従業員のモチベーションが上がった、など。
うまくいかなかった企業は一部だが、業務効率が下がった、従業員の勤怠管理が難しかった、コミュニケーションが取りづらくなったという回答があった。勤怠管理やコミュニケーションの問題は、うまくいった企業を含め全体的な課題となっている項目であろう。
フリーコメントには、ポジティブなコメントが多く見られた。中でも、「フレキシブルな勤務体系へ変化している」というのは日々のオペレーションで実感がある。世の中が変わってきていて、国の脱ハンコ化の動きもあるし、情報セキュリティやコスト整備についてもこの半年で経験が蓄積され運用が進んできた。「生産性がアップした」という興味深いコメントもあった。「翻訳」は作業中は没頭したい業務内容であるので、コミュニケーションの問題は考えなければならない面はあるが、より集中しやすくなると、生産性がアップするという面はあったのではないか。これからは、在宅勤務のいいところをより高めて環境面を改善して更に効率性を高めるというフェーズに入りつつある。この他、ペーパーレスやMTの普及、勤務地がより自由になること、子育て・介護中の人材の活用、在宅勤務による効率化などについてもコメントがあった。
テレワーク導入の注意点、管理面・人事制度の見直し点
次に自宅等でテレワークを行う際の注意点が紹介された。作業環境整備については、厚労省から「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」というガイドラインが出ている。部屋や照明、窓といった作業環境の基準が決められており、このような基準を参考にすることで健康面にも優しく、より生産性もアップすることが期待できる。この他に、過剰労働やメンタル面のケアも含めた作業環境の整備が重要となってくる。これに続いて、中盤では在宅勤務の管理面や人事面での施策について検証された。
Q.(在宅勤務を導入した企業へ)クライアントとのコミュニケーションに問題が発生したか(回答38件)
97.4%が発生していない
ほぼ問題は発生していない状況。ただし既存顧客とのコミュニケーションに問題がなくても、新規顧客開拓などには難度が想定される。
Q. 在宅勤務の導入により勤務形態、手当の見直しを行ったか(回答37件)
・行なった 56.8%
・行わない 43.2%
ほぼ半々の結果となった。見直し内容は、定期代を廃止し実費の交通費支給、在宅手当の導入、フレックスタイム制度の導入など。
全般的には様子見という感じ。交通費実費化は売上削減の中、固定費削減のため。残業代に対する対価の支払方法を見直した企業もあったということで、今後、労働「時間」に対して支払われていた対価に見直しが行われるかもしれない。このように、働き方が変わればそれに付随する勤務形態・手当も変化していくと思われる。
Q. 在宅勤務の導入により評価制度の見直しを行ったか(回答39件)
・行った 12.8%
・行わない 87.2%
見直し内容は、成果主義的な評価制度に変えた、目標管理制度を導入した、プロセス評価と結果評価の割合を見直したなどがあった。
勤務形態を変えた企業が5割程度なのに対し、評価制度まで変更したというのはかなり踏み込んで変更した企業といえる。在宅勤務になれば勤怠管理などで目が届かない部分もあるので成果主義にするしかないという面もあり、今後の変化を示唆しているのかもしれない。
今後の人事評価雇用等の労務管理の変化に関するフリーコメントには、
- 今後、本社機能や管理職などはメンバーシップ型、コーディネーター、翻訳者やチェッカーはジョブ型と、全体的によりジョブ型の業務範疇とスキル評価へと移行するのではないか
- 地域を問わない労働力確保が進む
- 分散型勤務の増加。直接雇用から委託が増える
- 個人に業務が分担されるためマネジメントの仕事が増大する
- プロジェクトマネージャーなどにもフリーの人が増える
とのコメントもあった。
メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用とはどのようなものであろうか? メンバーシップ型は一言で言うならばいわば昭和・平成時代の働き方。ジョブ型が令和時代の働き方。キャリア形成はメンバーシップ型は会社が形成するのに対し、ジョブ型は自分自身で形成する。賃金決定の根拠は、メンバーシップ型では労働時間勤続年数が非常に大きく影響しているが、ジョブ型では成果・スキル・経験が問われる。会社との関係性は、メンバーシップ型では社員が会社に従属的で、転勤や職種転換もありえ、属人的に仕事をつけるのに対し、ジョブ型は社員と会社がフェアな立場で賃金交渉もありうるし、仕事に人をつける形である。仕事の幅はメンバーシップ型が総合的であるのに対し、ジョブ型は範囲が限定的である。
これによる人事評価制度への影響について、人事評価の四つの基準には、売上や目標達成などの「業績評価」、訪問件数など「プロセス評価」、スキルなどの「能力評価」、姿勢取り組みなど「情意の評価」があるが、メンバーシップ型では「情意の評価」や「プロセスの評価」が高くなりがちである一方、ジョブ型では「能力評価」、「業績評価」が高くなる傾向にある。従来より営業職などではジョブ型の評価がなされることがあったが、それ以外の職種でもジョブ型の評価の対象となってきた時に、間接部門や制作部門の評価をどうしていくのかが各社の課題になると思われる。令和の時代に昭和の終身雇用年功序列といった傾向が薄くなってきている中で拍車がかかりよりジョブ型へ移行していくのではないか。
株式会社ワイズ・インフィニティの運営事務局は「終身雇用や年功序列が崩れつつある中でメンバーシップ型の雇用を企業が維持していくのはなかなか難しい時代になってきているのではないか。ただ、海外のように完全にジョブ型に転換するのは日本ではまだ難しい。日本人の和を重んじたりチームワークを活かした日本型のジョブ型の雇用に緩やかにシフトしていくのではないか。」と述べた。これだけコロナの在宅勤務で勤務形態がかわり、働く側の意識も変化しているので、雇用のあり方働き方も変わっていくであろう。
在宅ワーク、ジョブ型評価、事業戦略の変化などとともに、多様な人材の多様な働き方というのは進んでいくと思われる。例えば、広告代理店では一部従業員を個人事業主としての契約にするといった動きも出ている。これまでも翻訳会社は多言語翻訳を手掛けているところを始め世界各国の人材を活用しているケースが多い。海外からの労働力の受け入れは、海外からの勤務という点では自社例でも、韓国人スタッフが妊娠を期に里帰りした際、リモートで出産までPCとネット環境さえあれば変わりなく、業務もよく頑張ってくれ、問題がなかった。翻訳業界ではすでにそういった環境が整っており今後の変化も早いのではと実感があった。
Q.(在宅勤務を導入した企業に対し)社内のコミュニケーションツールは何を使用したか(回答39件)
メール、チャット、電話、オンライン会議ツールがあげられ、これはコロナ前後で変化無しと思われる。
「電話をどうしているか」がこのセッションの打ち合わせでも話題になった。コロナで在宅になって事務所に人がいないとき外線の固定電話は取れない。大きな会社で社内の内線を使っていた会社はどうしているのか? 実際パネリストの各社では、A社は受ける電話は、事務所の当番対応の人が取り次ぎ、かける電話は携帯電話の貸与と非貸与の社員にはSkypeなどのIP電話サービスの共有アカウントとの併用。B社も同様だが、社内のコミュニケーションツールはほぼチャットツールに移行している。履歴も残りすぐ対応する必要もないことからメリットを感じており、今後も変化しない見込み。C社は部門の責任者の携帯電話に外線電話が一括転送されるが、それほどかかってこないとのことであった。
これからの働き方の展望、さらなる見直しに向けて
古河氏は、「自分自身も幼少期の黒電話の時代から携帯の時代になり、今はネット環境がありPCやタブレットがあればどこでも仕事ができる状況になり働き方が変わってきて、そういった変革についていかなければならないと感じている。どんな施策にも変化への対応という観点が嫌が応にも出てきてしまう時代である。」とコメント。後半部分では、メンタルケア、オフィス環境などこれからの働き方に関連する企業の対応が議論された。
Q.(在宅勤務を導入した企業に対して)従業員に対するメンタルケアを行ったか(回答39件)
・行なっていない 61.5%
・行なった 38.5%
行なったという企業の実施したケアは、コミュニケーションの機会を意識的に設ける、相談窓口の設置、産業医によるカウンセリング、定時になったら体を動かすように促す、など。
「コミュニケーションの機会を意識的に設けるようにした」が最も多かった。各社まずできるところから手をつけた結果で、先の部分までたどり着くのはなかなか難しい状況と推測される。
そもそも、在宅勤務はコミュニケーションの機会も減少し、通勤勤務よりもメンタル不全を見逃しやすい傾向にある。そのため、なるべく上長は1日1回は部下の方と顔を合わせるようにするべきだと言われる。それでは、企業のメンタルヘルスケアの対応とはどのようなものか。
メンタルヘルスケアは3つの予防のステップがあり、第一次予防は「活気ある職場づくり」でストレス要因を除去すること。第二次予防は「早期の発見」で、セルフチェックの実施や医療機関との連携体制を構築する。メンタル不全は風邪のように誰でもかかりうるものなので、ストレスに対して正しい知識を持つことが肝要。早期に発見し解決した方が回復が早い。第三次予防としては「メンタル不全の原因の究明と再発防止」で、これは個人の問題ではなく組織の問題として解決しなければならない。復職支援や休職時の経済不安も解消するよう対応する。
メンタルケアは一過性の対応ではなく、組織の仕組みとして整備しなければならないものだ。法的側面としても企業には安全配慮義務があり、対応が必要である。コロナをきっかけに社内のメンタルヘルスケアをどうしていくか考えていくと良いのではないか。
Q. コロナ収束後も在宅勤務制度を継続するか(回答40件)
・全面的に継続 42.5%
・部分的に継続 25%
・全員出社に戻す 5%
・検討中 27.5%
67.5%が継続と回答した。在宅勤務を実施した企業が90%であったのが、継続意向は67.5%なのは、コロナが今後どうなるか不明で、来年のオリンピックに至ってもどうなるかわからないので、それらの状況を見て考えようという様子見ではないか。翻訳会社は大半が中小企業でいわゆる受注産業であることから世の中のメインストリームの影響を受けやすく、これからの働き方は自分たちで決められる部分もあるが、他者の影響を受ける部分もある。
アンケートの結果より翻訳業界と在宅勤務の相性は非常に良いことがわかり、検討中の企業も条件が噛み合えば実施できそうだ。オフィス環境の対応はどうなっているのだろうか。
Q. オフィス環境を見直したか、もしくは今後見直す予定はあるか(回答41件)
・はい 61%
・いいえ 39%
見直し内容としては、オフィススペースの縮小、クラウドによる情報管理への移行、デスクトップPCからノートPCへの移行、仮想デスクトップの活用、フリーアドレスの導入、押印の廃止。
コスト削減や効率化の動きが見られ、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進している企業があるようだ。6割が見直しと積極的な姿勢がうかがえる。オフィスの環境も変化し、先に述べたように、電話の使われ方の変化など、これまで持っていて当たり前だった設備が改めて持つべきものか見直しも行われている。登壇者の自社の取り組みでもこれらの取り組みが実例として取り入れられていることが紹介された。今後の働き方の多様化の後押しになっていくことと思われる。現在まだ見直されていない企業においても今後見直しが進むであろう。
最後に今後の翻訳業界でどのように働き方が変化していくかのフリーアンサーでは、「CATツール使用が主流になる」や、「MTの普及」という翻訳業界ならではのワードが出現。これまではそれらのツールが出た時に働き方が変わったという声が上がったが、今回コロナ禍を機によりまた働き方が変化していくのではないかという懸念や意見が多かった。
成田氏は、「IT化は翻訳業界でも進んでいて、それだけでも大きな変化だが、コロナ禍で世の中全体が大きく変わり変化が大きく加速した状況だ。アンケート回答者のコメントでは市場が小さくなった、厳しいなどネガティブなコメントも多かったが、あえてポジティブに言うならば変化については自分が変わっていくしかない。持っていて当たり前のものを持たなくなる時代で、外注や機械任せで十分な世の中になってきている。その中で自分が選ばれるためには自身にどう付加価値をつけていくかであると思う。翻訳会社も同じで、サービスにどう付加価値をつけているか、魅力ある人材を育成して、どう能力を発揮させる環境を整えるかだと思う。MTの普及も悪影響もあるが、これからの世の中で普及が止まるものではないし、市場を作っている面もあるため、それにどう対応するかはその会社や個人次第ではないかと思う」とコメントした。
質疑応答
Q. 在宅勤務となり、本業以外の事務処理が見えづらく評価されづらくなることや、今まで対面で行っていた人材育成の教育についてはどう対応したらよいか。
A. コミュニケーションを十分にとって、本来業務以外で行なったことについても当然きちんと評価してあげなければならない。また、新人教育も教える側・教えられる側の両方を出社させ、感染症対策などを行いながら、対面でやらなければならないことはやはり対面でやらなければならない。
Q. メンタル不全の対策で企業・個人それぞれでできることは何か。
A. まずできることは社員のメンタル状態をチェックすること。それから費用がかかっても産業医・主治医と連携して対応できる体制を整備すること。個人としては、ストレス・メンタル不全とは何か正しい知識を身につけること。学ぼうとすることが大切である。