日本翻訳連盟(JTF)

ポストエディット最前線 新時代のスキルで切り拓く翻訳者の未来(後編)

講演者:株式会社カルテモ取締役事業推進部部長、翻訳品質管理責任者 荒木 慎太郎さん

日本翻訳連盟主催の 2025 年翻訳祭から選りすぐった講演の抄録をお届けします。今回は、株式会社カルテモ取締役事業推進部部長、翻訳品質管理責任者の荒木慎太郎氏による「ポストエディット最前線 新時代のスキルで切り拓く翻訳者の未来」の後編です。前編を踏まえて後編では、ポストエディットの需要が増加、多様化し、新時代のスキルとしてポストエディットスキルが必須となる中、クライアントのニーズに応えて活躍する翻訳者になるために、身につけるべき具体的なスキルについて提言していただきます。

< ポストエディット最前線 新時代のスキルで切り拓く翻訳者の未来(前編)

●ポストエディット新時代に身につけたい5つのスキル

前編で見てきたように、ポストエディットの需要は確実に高まっています。では、その大きな流れの中で私たち翻訳者が活躍し、キャリアを築いていくためには、具体的にどのようなスキルを身につければよいのでしょうか。5つのスキルをご紹介したいと思います。

① 翻訳品質を論理的に捉える

1つ目のスキルは、翻訳品質を論理的に捉える力です。

ポストエディットでは、クライアントの多種多様な要求品質に応じて、効率的にエディット作業を行う必要があります。これを実現するためには、私たち自身の中に「翻訳品質とはそもそもどのような要素で構成されているのか」という論理的な物差しがなければなりません。この物差し、つまり品質を論理的に捉える力がないと、場当たり的な修正に終始してしまい、多様化するクライアントの要求品質に柔軟に対応することは不可能です。

前編で説明した通り、フルポストエディットでは通常翻訳と全く同じ品質が求められます。また、ライトポストエディットでは、原文の主なトピックについて誤訳がなく大意が伝わるレベルの翻訳精度が求められたり、用語集への準拠や表現の流暢さといった特定の品質要素が一部排除されたり、クライアントの要求品質がプロジェクトによって大きく異なります。つまり、品質要求を柔軟に足し引きしながら、常にクライアントが求めるゴールに完璧にフィットさせる必要があります。

そこで、翻訳品質を論理的に捉えるために役立つ資料を2つご紹介します。

JTF翻訳品質評価ガイドライン

このガイドラインでは、翻訳品質評価の標準的なフローが示されているだけではなく、品質を評価するためのエラーカテゴリーが具体的に設定されています。正確さ、流暢さ、用語、スタイル、地域慣習、デザイン、事実性、その他といった要素に翻訳品質が論理的に分類されています。これらの項目を参照することで、翻訳品質という曖昧な概念を客観的な手法として捉えることができるようになります。

MQM

MQMは、欧州委員会が資金提供するプロジェクトによって開発されました。また、ISO5060:2024などの国際規格にも基づいており、国際的に認知されている品質評価フレームワークです。こちらでは、用語、正確さ、言語慣習、スタイル、地域慣習、読者への適切さ、デザインとマークアップといったカテゴリーに品質要素が分類されており、これもまた翻訳品質という概念を論理的に捉える上で非常に役立ちます。

もちろん、これら以外にも様々な品質評価手法は存在します。大切なのは、こうしたフレームワークを参考に、ご自身の中に品質の物差しを構築することです。そして、実際の案件に対応する際には、その物差しを使ってクライアントからの品質要求を正確に解釈し、作業のスコープを的確に定義できるようになることが重要です。それがこのスキルを習得するゴールとなります。

② 機械翻訳(MT)のエラー傾向を把握する

2つ目のスキルは、品質を論理的に捉える物差しを持つという1つ目のスキル、この物差し使い、効率的に作業を進めるためのより実践的な能力です。それが機械翻訳のエラー傾向を把握する力です。

機械翻訳は一見するとランダムに間違えているように見えるかもしれませんが、実はそうではありません。機械翻訳には人間と同じように癖や苦手なことがあり、こういう状況ではこういう間違いをしやすいという一定の傾向が存在します。そのエラーが起きやすいパターンを知識ナレッジとして自分の中に蓄積していくことが重要です。そうすることで、怪しい箇所に素早く気づき、修正の当たりをつけることができるようになり、ポストエディットの作業を飛躍的に効率化できます。
具体的な例を見ていきましょう。下の2つの表をご覧ください。

左側の表は、あるカメラ製品のベーシックプランとプレミアムプランのサービス内容をまとめた英語の表です。右側の表は、それを日本語に機械翻訳した結果です。一見するとほとんどは正しく訳せているように見えますが、誤訳が2つあります。

1つ目は「premier」という単語です。機械翻訳はこれが製品のグレード名であると理解できず、最も一般的な訳語である総理大臣の「総理」を選んでしまいました。2つ目が「Export Data」です。カメラ製品なので、この文脈では当然データのエクスポート機能を指しますが、機械翻訳は「輸出データ」と訳してしまっています。これは機械翻訳の典型的なエラーパターンの1つです。

表や箇条書きのように前後の文脈が極端に少ないテキストでは、機械翻訳は単語の持つ複数の意味の中から、どれが文脈に即して正しいかを判断するのが非常に苦手です。このように機械翻訳が苦手な状況をあらかじめ知っておけば、「表形式のテキストが出てきたな、単語の意味や仕分けに注意しよう」と事前に意識を向けることができます。

もちろん、これ以外にも機械翻訳が間違いやすいパターンは数多く存在します。こうしたナレッジを蓄積し、間違いの予測能力を身につけることで、ポストエディットの正確性と統一性は格段に向上します。こうしたナレッジについては、一朝一夕に蓄積されるわけではありません。日々のポストエディットの中で、なぜここで機械翻訳が間違えたのかを常に意識し、ナレッジを蓄積していくことを心がけると良いでしょう。

③ 各種CATツールへの対応力を高める

次は、各種CATツールへの対応力を高めるスキルです。

まず大前提として、現在のポストエディット業務ではCATツール、つまり翻訳支援ツールが使用されるケースが大半です。そして、ここが重要なのですが、どのツールを使うかは、私たち翻訳者ではなく、クライアントがその状況やニーズに応じて決定します。

ある案件ではTrados Studio、別の案件ではPhrase、また別の案件ではXTMというように、様々なツールを使い分けることが求められます。つまり、ポストエディットの仕事を安定的に受注するためには、特定のツールだけではなく、様々なツールに柔軟に対応できるスキルが必須となります。

こうお話すると、「そんなにたくさんのツールを全部マスターしなければならないのか」と少し難しく感じてしまう方もいるかもしれません。しかし、ほとんどのCATツールは、見た目や細かい機能は違えども、その中心的な特徴はよく似ています。その特徴は、主に3つの要素で構成されています。

まず1つ目は、セグメント単位の翻訳です。CATツールでは、文章セグメントという文章単位に区切り、原文と訳文を左右対訳の形式で表示しながら翻訳を進めていきます。

2つ目は、過去の翻訳資産である翻訳メモリーを活用するという特徴です。CATツールでは、類似する過去の翻訳を再利用し、効率的に翻訳することができます。

そして3つ目は、指定された用語を正しく使うための用語集の機能です。CATツールでは、訳文の一貫性を保つために用語集機能が組み込まれていることが大半です。

この3つの基本さえ理解してしまえば、新しいツールにもすぐに応用が効きます。

では、具体的にどうやって学べば良いのでしょうか。まず、業界で広く使われているTrados Studioのようなデスクトップツールは、多くの場合、無料で一定期間使える体験版を提供しています。まずこうした体験版に触れてみて、セグメント単位の翻訳とはどういうものなのか、その感覚をつかむだけでも大きな一歩となります。

また、近年急増しているPhraseやXTMのようなオンラインCATツールでは、たいてい画面のどこかに「Help」へのリンクがありますので、わからないことがあればまずはそこを参照する癖をつければ、基本的な使い方はすぐに理解できるはずです。さらに、各ツールの公式サイトでは、機能を紹介する無料のウェビナーが頻繁に開催されています。

こうしたリソースを積極的に活用すれば、コストをかけずとも十分に実践可能なスキルを身につけることが可能です。ツールへの対応力は、皆さんの受注機会に直結します。恐れず、まずは1つ体験版から触れてみることをおすすめします。

④ チェックツールのスキルを身につける

4つ目のスキルは、これまで身につけたスキルを生かして作り上げた訳文の品質を担保するための仕上げの技術です。それが、チェックツールのスキルを身につけることです。

ポストエディットの現場では、大量のドキュメントを非常に短い期間で仕上げることが求められます。人間が作業する以上、このようなプレッシャーのかかる状況では、どうしてもタイポや数字の転記ミスといった、いわゆるヒューマンエラーが必ず発生します。どれだけ優れたポストエディターであっても、こうした細かいエラーをゼロにすることは困難です。

しかし、それをクライアントに納品する前に、ツールを使って機械的に、そして網羅的に検出し、修正することは可能です。この最後の砦となるチェック工程を徹底することが、クライアントからの信頼を勝ち取る上で非常に重要になります。

では、具体的にどのようなツールがあるのかを見ていきましょう。

Xbench

Xbenchは、翻訳業界で使われている代表的なチェックツールです。強力なQA機能があり、例えば指定された用語集通りに訳せているかという用語集違反、原文と訳文で数字が異なっていないかをチェックする数値の不一致、あるいはタグの不適用など、人間が見逃しがちな様々な種類のエラーをリストとして一覧表示してくれます。無料版も提供されており、公式サイトには使用方法のドキュメントも揃っていますので、ぜひ一度ご確認いただければと思います。

スペルチェックツール

次に、最も基本的でありながら最も重要なスペルチェックツールです。これは言うまでもないかもしれませんが、ポストエディットの納品前にスペルチェックを行うことはプロとしての最低限のマナーです。特別なツールは必要ありません。まずは、皆さんがお持ちのWordに搭載されているスペルチェックと文章校正機能を納品前に必ず一度は実行するという習慣を徹底してください。

オンラインCATツールに付属するQA機能

近年、多くのオンラインCATツールには、Xbenchと似たようなQAチェック機能が標準で搭載されています。クライアントによっては、このツール付属のQA機能を実行し、エラーがゼロの状態で納品することを作業の必須要件として指定している場合もあります。その場合は、必ず指示に従い、チェックを完了させるようにしてください。

私たちの目とツールの目を組み合わせることで、品質は飛躍的に安定します。チェックツールを使いこなすことは、単なる作業の効率化にとどまらず、自身の成果物に対する責任とプロ意識の証明でもあると私は思います。

⑤ ポストエディットの知識を身につける

5つ目のスキルは、最も大局的な視点、ポストエディットの知識を身につけることです。これは、単に作業の手順を知るということではありません。ポストエディットというプロジェクトがどのような考え方で、どのような役割分担で進められていくのか、その業界標準のルールや共通認識を体系的に理解するということです。

そのための最適な資料となるのが、下に挙げた2つです。

ISO公式サイト

まずISOの公式サイト、こちらは前にも触れた国際企画ISO18587が定義されている場所です。グローバルなポストエディットの基準を知る上で非常に有用です。

機械翻訳ポストエディットガイドライン

そしてもう1つ皆さんにおすすめしたいのが、アジア太平洋機械翻訳協会(AAMT)が公開している「機械翻訳ポストエディットガイドライン」です。このガイドラインは、私自身も策定委員の一人として参加させていただきました。

このガイドラインでは、発注者、受託者、作業者が共有すべき実践的な指標が示されています。これを読むことで、ポストエディットプロジェクト全体の構造や、どのような関係者が携わっているかを理解することができます。そして、プロジェクトの中で、ポストエディターはどのように作業すれば、品質、コスト、納期の最適なバランスの時間に貢献できるのか、その具体的なヒントがこのガイドには詰まっています。

ポストエディットは単独で行う作業ではありません。発注者、翻訳会社、そしてポストエディターが1つのチームとなって最適なゴールを目指す共同作業です。ポストエディットで真に活躍するためには、こうした業界のスタンダードを学び、プロジェクト全体を俯瞰する視点を持つことが不可欠です。ぜひ、このガイドラインに目を通していただくことをおすすめします。

●ポストエディット講座で学ぶ

ここまで、ポストエディットに必要なスキルと、そのための独学に役立つ資料をご紹介してきました。しかし、中には1人で学ぶのは少し不安だという方や、体系的に効率よくスキルを習得したいと感じる方もいらっしゃると思います。そのような方々のために、最後にもう1つの選択肢をご紹介します。

翻訳専門学校のフェロー・アカデミーと、私が所属する株式会社カルテモが共同で、ポストエディットを専門的に学べるオンライン講座を主催しています。私自身も講師として企画から登壇まで深く携わらせていただいております。

ポストエディット講座
フェロー・アカデミー様と株式会社カルテモによるポストエディット講座。基礎概論編と実践編を通して、ポストエディットの基礎から、実践的なスキルを学習できます。
<基礎概論編>
募集期間:6/1~8/28(金)いっぱい / 授業日時:9/5(土) 13:00-15:30
ポストエディットの歴史や、ワークフロー、チェックツールなど、現場で必要とされるポストエディットの基本的な知識を習得していただきます。
<実践編>
募集期間:6/1~9/17(木)いっぱい / 授業日時:9/26、10/31、11/28(土) 15:30-17:30
ポストエディットに必要な知識・スキルを実践形式の課題を通して習得していただきます。

この講座は、基礎概論編と実践編という2つのパートに分かれています。まず、基礎概論編では、本日お話したようなポストエディットの歴史や品質についての考え方、ワークフローなど現場で必要とされるポストエディットの基本的な知識を習得していただけます。そして実践編では、知識をスキルへと昇華させるため、より実践に近い形の課題に取り組んでいただきます。この2つの講座を通して、ポストエディットの基礎から応用までひと通り学習できるカリキュラムとなっています。もしご興味をお持ちの方がいましたら、ぜひウェブサイトをご確認ください。

独学で道を切り開くのも素晴らしいことですが、こうした講座を活用して効率的に学ぶのも1つの賢明な選択です。ご自身にあった方法で、ぜひ新時代のスキル習得へ一歩足を踏み出していただければと思います。

●まとめ

最後に、皆さんがこれからポストエディットに取り組むための指針として、本講演の要点を3つのポイントで振り返りたいと思います。

まず1つ目、ポストエディットとは何か。

ポストエディットの本質は、単なる機械翻訳の修正作業ではなく、AIには担うことができない品質とリスクをクライアントに代わって保証するという点です。そして、その品質要求は、通常翻訳と同等のフルポストエディットから、内容の理解を目的とするライトポストエディットまで、極めて多様であるということもご理解いただけたと思います。

2つ目、ポストエディットの現在と未来です。

現在のポストエディット市場は、対象ドキュメント、CATツール、そして要求品質のすべてにおいて多様化の真っただ中にあります。この多様化に対応するためには、翻訳品質を論理的に捉える力や、各種ツールに柔軟に対応する力が求められます。そして未来に目を向ければ、機械翻訳の精度向上に伴い、その需要はますます増加し、今まで翻訳されてこなかった新しい領域がポストエディットによって翻訳されるようになり、翻訳市場を拡大する可能性もあるというお話もしました。

そして3つ目、その未来を切り拓くための新時代のスキルです。

これからのポストエディターには、従来の翻訳スキルに加え、品質を論理的に捉える力、MTのエラー傾向を把握する知識、そしてCATツールやチェックツールに柔軟に対応する技術が求められます。そして、それらすべての土台として、業界標準のガイドラインなどを通じて、ポストエディットに関する正しい知識を身につけることが不可欠です。

機械翻訳の進化は、私たち翻訳者の働き方に大きな変化をもたらしています。その変化に対応するための最も重要なスキルの1つがポストエディットです。本日ご紹介した様々なスキルが、皆様がこれからのキャリアを考える上で、そして新しい一歩を踏み出す上で、少しでもお役に立てれば幸いです。

< ポストエディット最前線 新時代のスキルで切り拓く翻訳者の未来(前編)

◎講演者プロフィール

荒木慎太郎(あらき しんたろう)

株式会社カルテモ取締役 事業推進部部長 翻訳品質管理責任者
2013年、株式会社カルテモにて翻訳者・レビュアーとしてキャリアをスタート。10年以上にわたりポストエディットの最前線で品質向上に取り組む。現在は同社取締役品質管理責任者として、実務に加え、品質定義の構築や効果的なフィードバックフローの確立、次世代を担う新人育成に注力している。社外では、翻訳専門校フェロー・アカデミーでポストエディット講座を不定期で担当し、ポストエディターの育成にも貢献している。

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