ISO規格の最新動向
ISO TC37/SC5ストラスブール総会参加報告
- ISO/TC 37の概要と翻訳部会(WG 1)の議論
- ISO規格のWG2(通訳)・WG3(通訳機器)の最新動向
- 翻訳部会(WG 1)の技術仕様書、翻訳志向文書作成部会(WG 12)、用語調整グループ(TCG)の動向

1. ISO/TC 37の概要と翻訳部会(WG 1)の議論
はじめに
日本翻訳連盟(JTF)は、組織委員会の下部組織として「JTF内ISO検討委員会」を設けています。2012年以来、ISO(国際標準化機構)の「言語と用語」を扱う専門委員会TC 37の規格策定に携わっています。
TC 37に翻訳・通訳(Translation, interpreting and related technology)を扱う分科委員会SC5が設置されて14年目を迎えました。JTFは業界団体として意見を発信するため、毎年の国際会議(総会)にSC5設立時から継続して参加しています。
2025年は日本がホストとなりTC 37総会が香川県高松市で開催されましたが、今回は2026年5月25日から29日にかけて、フランス・ストラスブールの欧州議会(European Parliament)を会場に開催されました。多言語主義を実践するEUの立法機関での開催という点でも印象深いものでした。

(フランス・ストラスブール)
総会では、ISO 17100、ISO 18587、ISO/TS 25368、ISO/TS 25391、翻訳プロジェクトにおけるリスクマネジメント、ISO17651-4(手話通訳)などが議論されましたが、本稿ではJTF会員の皆様に影響しうる規格を中心に報告します。
ISO/TC 37の概要
ISO/TC 37はISOのなかで「言語及び専門用語」(Language and terminology)を対象とする専門委員会であり、その下に次の5つの分科委員会(SC)が設置されています。
ISO/TC 37/SC 1(一般原則と手法:Principles and methods)
ISO/TC 37/SC 2(用語ワークフローと言語コード:Terminology workflow and language coding)
ISO/TC 37/SC 3(用語資源の管理:Management of terminology resources)
ISO/TC 37/SC 4(言語資源管理:Language resource management)
ISO/TC 37/SC 5(翻訳、通訳及び関連技術:Translation, interpreting and related technology)
このうち通訳翻訳業界が直接関係するのはSC 5で、全体の用語を統一するWG(TCG)に加え、翻訳(WG1)、通訳(WG2)、通訳機器(WG3)、教育(WG4)の各ワーキンググループが設けられています。

ISO TC 37/SC 5が管理する国際規格およびプロジェクト(2026.7.23現在)
本表は2026年7月時点でISOが公開していた情報をもとにJTF内ISO検討委員会が作成したものです。審議の進行により記載内容から変わる可能性がある点にご注意ください。
最新の情報は次のURLから確認できます。https://www.iso.org/committee/654486.html
(★)が付いたものはJTF内ISO検討委員会で検討対象にしている規格です。


翻訳部会(WG1)の議論
総会は今年も原則ハイブリッド開催でした。今年の翻訳部会では、昨年の高松総会で開始が決議されたISO 17100の改定に丸一日が割り当てられたほか、照会段階(DIS)に進んだISO 18587の改定が議論されました。また、日本提案のISO/WD TS 25391「General guidelines for in-house translation service units」も議論されました。
ISO/TS 25391については京都外国語大学の佐藤晶子教授に別途ご報告をお願いしております。
ISO 17100の改定議論の本格化
ISO 18587(ポストエディット)とISO 17100(翻訳プロセス)は対象範囲や用語・プロセスに共通点が多く、意図的に統一する方向で策定が進められています。昨年の高松総会では、各国エキスパートへのアンケート結果(ISO 17100認証を受けたTSPの約85%が定期見直しでの改定を、約70%がポストエディットのISO 17100への包含を望むと回答)を受け、ISO 17100の定期見直しの正式開始が決議されました。これを受け2025年9月に第1回会議が開かれ、現在はISO/AWI 17100として業務計画に登録されています(段階:20.00)。
今回の総会では、規格の構成や対象範囲が集中的に議論されました。
ISO 18587 改定のポイント
次に、ポストエディット(PE)の国際標準ISO 18587:2017の改定について共有します。
統合が見込まれる規格をなぜ並行して議論するのかという点ですが、国際規格は発効まで通常3年を要します。仮にISO 17100とISO 18587が統合されても新規格の発行は早くて2028年以降で、それまでは両規格が現行版として役割を果たします。ISO/DIS 18587も順調なら2027年に改訂版が発行される見込みですが、それまでは現行のISO 18587:2017が有効です。規格が古いままでは業界の不利益になるため、統合を待たずに改定を進める必要があります。ただし統合を意識した改定になることは間違いありません。
ISO 18587改定の最大のポイントは対象範囲の変更です。ChatGPTに代表される大規模言語モデル(LLM)の出力を用いたポストエディットへの需要が高まる一方、ISO 18587:2017は対象とする機械翻訳(MT)の範囲が不明瞭でした。SMT・NMT・LLMも、ルールベース(RBMT)も本来対象となるはずです。こうした背景から、2025年5月の各国投票により対象を「Non-human translation」へ変更することが賛成多数で認められました。
これに伴い規格名も「Translation services — Post-editing of non-human translation output — Requirements」へ改められました。委員会段階(CD)でのコメント対応を経て2026年に照会段階へ進み、現在はISO/DIS 18587として登録されています(段階:40.00)。今後は各国によるDIS投票が実施される予定です。
リスクマネジメントをめぐる新たな議論
もう一つの重要トピックが「リスクマネジメント」でした。米国では2026年1月、翻訳実務を扱うASTM規格(Standard Practice for Language Translation)の改訂版が発行されました。同規格は用途に応じた翻訳グレードの選択とリスク分析を実務に組み込み、翻訳誤りが人・評判・機材に及ぼす影響や機密情報の取り扱いの観点からリスクを評価します。加えて、成果物を「検証済み」「未検証」で区別して開示する透明性の枠組みも示しています(本文は著作権保護の対象のため概要の紹介にとどめます)。
ISOでも同様の観点を取り込むべきだとの提案があり、特に欧州各国のエキスパートからは、EU AI Actを背景にISO 17100でもHITL(Human-in-the-Loop:人間の関与)を前提としたリスクマネジメントが望まれるとの意見が強く示されました。生成AI・機械翻訳の後編集工程が一般化するなか、どの工程にどの程度のリスクがあり、どう最小化するかという発想です。
これを受けて、リスクマネジメントを検討するタスクフォースが新たに立ち上げられることになりました。前述のASTM規格の提案者もこれに参加し、双方の知見を持ち寄って議論が進められます。成果は当面、規格本体ではなくAppendix(附属書・参考情報)として記載する想定で検討が始まっています。
この議論は特定の規格の改定にとどまらず、翻訳業界全体への警鐘という側面を持ちます。AI活用が急速に進むなか、品質の担保と責任の所在をどう設計するかは、TSP(翻訳サービスプロバイダー)にとっても発注者にとっても避けられない課題です。JTF内ISO検討委員会としても、この議論の行方を注視し、日本の翻訳業界の実態を踏まえた意見を発信してまいります。
今後の見通し
ISO/DIS 18587は、今後DIS投票を経てFDIS(最終国際規格案)、発行という段階を踏みます。各ステージで各国エキスパートによる投票が行われるため、なお紆余曲折は予想されますが、現時点で議論の要点が大きく変わることはないと見ています。
また、ISO 17100の改定は始まったばかりで、ISO 18587との統合を視野に入れた議論が今後本格化します。なお、法務翻訳の規格ISO 20771:2020については廃止投票が開始されている(段階:95.20)点にもご注意ください。リスクマネジメント検討タスクフォースの動向も注視が必要です。今後もJTF内ISO検討委員会の委員の皆様と情報を共有し、ご意見を賜りながら投票方針を決定してまいります。
◎報告者
株式会社川村インターナショナル 代表取締役
森口 功造
アジア太平洋機械翻訳協会副会長。品質管理担当として(株)川村インターナショナルに入社後、翻訳・プロジェクトマネジメント等の制作業務を経験。2020年6月から同社代表取締役社長。ISO規格策定にはJTFのISO検討委員会発足時から参加。TC37 SC5国内委員。

