日本翻訳連盟(JTF)

2026年度 日本翻訳連盟定時社員総会 基調講演
AI翻訳、進歩したからこそ必要なこと

前回に続いて2026年6月9日に行われた日本翻訳連盟定時社員総会 基調講演「AI翻訳、進歩したからこそ必要なこと」より、第2部「加速度的に進歩するAI時代に通訳・翻訳業界が考えるべきこと」です。高橋聡JTF副会長より提言していただきます。

第1部 機械/AI翻訳の利用に関する調査結果
講演者:日本翻訳連盟会長/株式会社翻訳センター代表取締役社長 二宮 俊一郎

第2部 加速度的に進歩するAI時代に通訳・翻訳業界が考えるべきこと
講演者:日本翻訳連盟副会長/実務翻訳者 高橋 聡

付記――今後の大規模調査実施のために

第2部 加速度的に進歩するAI時代に通訳・翻訳業界が考えるべきこと
講演者:日本翻訳連盟副会長/実務翻訳者 高橋 聡
●人間はもはやAIを止められない

JTF副会長の高橋聡です。二宮会長からお話がありましたように、いろいろな会社が現状で機械/AI翻訳を使っている、認識は様々だけれども、そのまま出してはよくなさそうな場面にも使ってしまっているということが見えてきたところです。

私は普段、個人翻訳者として機械翻訳の出力を目にする機会が多いので、その中で見てきた実例をお見せしようと思います。私自身はAIを調べ物に使っていますが、翻訳に使っているわけではなく、状況を知るためにあえてMTPEも受けています。

DeepLの出力をそのまま平気で使っているお客様も今はたくさんいます。名前は出せませんが、世界規模の大手IT系の会社でさえそうです。私はあるときその案件で、「これはブログなんだからDeepLじゃ話になりませんよ」と伝えて人間翻訳に戻してもらったこともあります。

そうはいっても、今、AIの勢いは止められません。今日はMTとAIを一緒に話しますが、かつては、大阪の地名「堺筋」「御堂筋」を機械翻訳させたら、「筋」のところが「マッスル」になって、「サカイマッスル」「御堂筋マッスル」と出てきたという事例もありました。これはさすがに笑い話ですが、私が実際つい最近見かけたのが次のようなケースでした。

IT系で「end-to-end」という言葉はよく出てきますが、「end-to-end consistency」という部分のAI翻訳で「一気通貫」という言葉が出てきて、吹きだしてしまいました。麻雀用語なんですけれども、これは、よくあるビジネスタームということです。ネットではよく「おじさん言葉」と言われていて、私は会社勤めではないのでそういう言葉に接する場はないんですが、たまにJTFの会議などで「一丁目一番地」とかを耳にします。他には「まるっと」とか。そういう中で、要は「最初から最後まで」という意味で「一気通貫」を使うんですね。会議の場だったらいいのですが、私がこのとき接したのは、全然そういうものではなかった。けれど、たぶんLLMの性質からいって、そういう言葉がポロッと出てきてしまう。今そういう状況だと思います。

そうはいっても、もうAIは止められません。ここから引き返そうということには人類全体が絶対なりませんよね。しかも恐ろしいことに、今のAIは本当のところで、なぜこういう出力が出るのかという原理は未だに不明のまま、皆さん使っています。それがどう進化していくかということもまだまだ予測がつきませんし、ましてそこから特に若い世代にどういう影響が出てくるかは全く未知の世界です。そういうものを人類は相手にしているということです。

ちょっと翻訳、通訳の現場を離れますが、人類史上おそらくかつてなかった変化です。AIも、よく過去の文明上の変化にたとえられますね。石油などによる発電、機械の進歩、あるいはコンピューターやインターネットが登場したときにたとえる人がとても多いのですが、たぶんそんなものではありません。人類の文明文化史上でいえば、たぶん火を使い始めたぐらいのインパクトはあるんじゃないかと思います。ですから私は、冗談ではなくSFみたいにこれからAIのせいで人類が滅びる、そこまであるんじゃないかと最近は真剣に思っています。

ただ、私たち翻訳・通訳者が押さえておかなくてはいけないことが1つあると思います。世の中の人たちが「AIすごいね、これだけ使えるね」と、どんどんAIに向かっているそのとき、言葉は媒体でしかありません。生成AIに何か読ませる、あるいは書かせる、それを使って世の中の人たちは何かその先のことをするわけです。けれど私たち通訳・翻訳者にとっては、言葉そのものが商品です。この差は大きい。だから、世の中がよくなっていくと、通訳も翻訳も一切不要になるという未来も、なくはないと思います。

●多段階的LLMシステム

下の図は、私が今年4月にある方から現状を詳しく聞いて、それをChatGPTに書かせたものです。


この後AIの実例をお見せしますが、実際にこれから運用されようとしているのはそんなものじゃないということで、この図を先に出しておきます。

この図は、LLMをいくつも多段階に組んでいます。単純に翻訳させておしまいではなく、翻訳させたものをバイリンガルの段階でレビューしてしまう。それからさらにネイティブチェック並みのこともやらせてしまう。最終的にもう1回QAチェックをかける。しかも、その前に用語集や翻訳メモリ、仕様書などもあらかじめプロンプトとして与えてしまう。それをやったら、とてつもない精度になるということを聞いて、私は本当に「真剣に仕事探さなきゃ」と思いました。現状こういうところにきているというのはまず押さえておいてください。

先ほど4月にこの図のもとになる話を聞いたと言いましたが、そのときに思ったのが、とにかく進歩が速いということ。2年前、1年前に予想したものを大幅に超えています。これからもっと速くなると思います。ですから、これから私がやろうとしているように、「今のAIはこの程度ですよ」ということを今この段階で見ても、それで安心ではないのです。ある意味、無意味かもしれません。そこは気をつけてください。

とはいえ、結局、生成AIは確率に基づいて文章を組み立てているだけなので、その原理からすると限界は絶対にあります。ですから、今日お話しすることから何か見えてくるかもしれないということで、ちょっと挑んでみたいと思います。

●AIによる翻訳例①-MT/AIが得意と思われる、難易度の高くない技術系

これから英日翻訳と日英翻訳、両方のサンプルをお見せします。英日翻訳のほうは私が試したものです。大きく言うと「かなり機械的に翻訳できるだろうと思われるIT系の文章」「技術的にちょっと難易度が上がった文章」「文芸に近いとまでは言わないが、まだまだなかなか人間臭い文章がたくさん出てくるニュース翻訳」の3つをサンプルにしてみました。

まず、1つ目は、サンプルとしてITが得意そうなセキュリティ系の英文を翻訳させました。

セキュリティ系ですが、AIに必ず出てくる「train(訓練する、トレーニングする)」という単語が出てきました。

サンプル出力‐Aは、〈DeepLクラシック〉、サンプル出力‐Bが〈DeepL次世代〉で翻訳させたものです。DeepLの有料版には今この2種類があって、クラシックはLLMが本格化する前のニューラル翻訳です。次世代は翻訳に特化したLLMを使っていると言われています。

注目していただきたいのは「train」の訳、「そのモデルがtrainされる」というところです。クラシックでは「健康情報について訓練された」と訳されています。「訓練される」なら合っています。ところが、LLMを使っていると言われている次世代では、「そのモデルが健康情報を使って学習された」となっています。

この日本語を見て、素通りしてしまった人も多いかもしれません。でも、本当はおかしいはずですよね。「学習する」は自動詞ですから、正しくは「モデルが○○を学習する」です。「モデルが学習された」では、モデルが受け身になって学習されることになってしまいます。もしくは、モデルが学習なさったという尊敬語になってしまいます。日本語としてはとてもおかしい。これを私は、たまたま今回の資料を作る途中で見つけました。今日はこの極端な例を出しましたが、同様のレベルで日常的に今回のネタになりそうなものはいくつも目にしています。

●確率に基づいて文章を生成するからこその問題点

なぜサンプル出力‐Aはちゃんと「訓練された」と出てきて、サンプル出力‐Bは「学習された」になっているかというと、これはまさに生成AIが確率に基づいて動いている結果だと思います。学習データの中に当然、「訓練する」も「学習する」もあると思います。英語では「train」があります。そして日本語を組み立てる際に、「モデルが」という言葉がきたときに「学習する」という単語が近くにあると、当然、確率的に計算していって、それを持ってきてしまうわけです。ところが、そこに受け身が加わって、「学習された」になってしまった。LLMの仕組み的にこういうものは当然出てきます。LLMだからこそ出てきてしまうわけです。

その証拠に、同じことをChatGPT5.5でも試してみたところ、見事に同じように「学習された」と出てきました。

冒頭でご覧いただいた多段階のLLM(「翻訳品質を支える共通基盤(知識ベース)」の図)ほどすごいシステムは私の環境では組めませんが、せめてもということで、ChatGPT5.5にかけるときにはプロンプトをちょっと変えてみました。最初に「セキュリティに関する文章の一部です。技術的に正確に訳してください」というプロンプトを出したのですが、肝心の「train」の訳は「学習された」になって、正確な日本語ではありませんでした。

そこで、「日本語の的確さに配慮して、もう一度訳してください」と新たなプロンプトを出しました。ChatGPTは時々、「どちらがいいですか」と2種類の回答を出してきます。今回も2つ出してきましたが、どちらも「学習された」でした。

ただし、同じことをClaudeで試すと、「学習された」ではなくてちゃんと「訓練された」になりました。

●AIによる翻訳例②-やや専門性の高い文章

次は、やや専門レベルの上がったケースです。ここから先はすべてChatGTP5.5の結果です。原文は、VTOL(垂直離着陸機)に関する技術的な文章です。

まず「電動VTOLに関する論文のIntroductionの第1パラグラフです。その前提で訳してください」というプロンプトを指定して翻訳させたところ、次のような訳文が出力されました。

とてもいい訳になっているように見えます。問題点を詳しく説明している時間はありませんが、例えば4行目にある「固定翼」のあたりが技術的には正しくありません。VTOLにはもちろん固定翼という分類もあるんですが、この文脈には当てはまらないはずなのです。

それから、英語的に言うと、下から2行目、「より小型あるいは大型の」というのも、日本語としてなんともないと思う方も多いと思いますが、実はここの原文は「smaller and larger」という比較級になっています。比較級は日本語では「より」と訳すのが定番ですが、「smaller and larger」のようにペアで並べたものは、文法的には「絶対比較級(特定の比較対象は意識していない比較級)」だとちゃんと分かっている人なら、そこは「より」を付けないで、「小型、大型」としてもいいのです。
こういうレベルの日本語が世間では通用してしまうのだろうと思うんですが、今は私が考えるレベルでお話ししています。

それからもう1つ、「局所的な離着陸」とあります。原文の英語は「local takeoff」です。「local」は確かに文脈によっては「局所的」になりますが、VTOLのこういう話をしている場合の「local」はただ「vertical」を言い換えているだけです。「局所的な離着陸」なんて妙な日本語はありません。こういうレベルであちこちボロは見つかります。

そこで、「用語や専門性に関して誤りありませんか」とプロンプトを変えました。

しかし、「固定翼」に関しては変わりませんでした。「local」のところはさすがに変えてきましたが、「柔軟な離着陸」って、ある意味ずるいのです。曖昧になっています。「より小型あるいは大型」は変わっていません。

さらにもう1回、「英文法や語法をもう一度確認し、反映した上で正しく訳してください」とプロンプトを出しましたが、ほとんど変わりませんでした。

冒頭でご覧いただいた多段階のLLMは、こうやってちょこちょこっとプロンプトを変えるようなレベルではありません。もっとすごい処理をさせているらしいのですが、原理的にはあくまでもこうなのだろうと思います。

●AIによる翻訳例③-産業翻訳の範疇をやや超えた文芸風ニュース文

次は、通常の産業翻訳の範疇をやや超えたニュース文です。

この原文の英文は、「通勤電車の中で、ある人がAIを使ってサクッと文章を作ってしまった、という場面を想定して、The New Yorkerレベルのサンプル文を作ってください」という趣旨のプロンプトを出し、ChatGPTに作ってもらいました。ニュース文は、いきなり核心に入らず、ある場面を設定したストーリー仕立てになっているものがけっこうあります。これはそのストーリーに当たる部分なので、文芸的な文章に近いかもしれません。

この英文を訳してもらうにあたって、まず、「少し癖のある報道文の一部です。その特徴を生かしたまま訳してください」と指示すると、とてもいい日本語が出てきました。

これにケチをつけるつもりはありません。「Interesting」のところに「(なんか面白い)」とカッコまで付けてくれて、こういうちょっと気の利いた余計なことまでするのはChatGPTの特徴です。

さらに「これはThe New Yorkerにも近い、かなり高尚(というかsnobbishというか)な英文です。単語や表現のニュアンスに気をつけてもう一度訳してください」と指示しました。

すると、先ほどのinterestingのところは(興味深い)と書き換えてきたりしましたが、大筋は変わりませんでした

これを、人間が訳したらどうなるかというと、いろいろ意見は分かれると思います。例えば、いきなり場所の説明から書き始めてもいいわけです。ニュースですから。たぶん10人の翻訳者がやったら10人とも答えは違うと思いますが、下のようなサンプル参考訳もあるでしょう。

ニュースってライターさんの個性がとても強く出る文章ですから、通常の産業翻訳とはだいぶ離れます。そういう英文に対して、"自然な"訳は出てくるんですよ。自然なんだけども、それが原文の雰囲気に近いかどうかは、かなりまだ判断が難しそうな気がします。

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