私の一冊:『アウシュヴィッツの図書係』
第76回:韓日出版・実務翻訳者 金 知子さん

韓国以外の海外文学が読みたくて書店の棚の前を行ったり来たりしていたとき、ふと「アウシュヴィッツ」という単語が目に留まった。そして、次に続く「図書係」ということばに吸い寄せられ、思わずその本を手に取った。
本書の舞台は、1944年のアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所。ひそかに作られた図書館の「図書係」に任命された主人公のディタは、本の所持が禁じられた収容所内にこっそりと持ち込まれた8冊の本を、監視の目をかいくぐりながら命がけで守り抜く。
「地球上のすべての国が、どれだけ柵を作ろうと構わない。だって、本を開けばどんな柵も飛び越えられるのだから」
実話をもとに書かれた本書が伝えるのは、死の恐怖と隣り合わせという状況のなかで、人々に希望を与えたものの1つが本であったということだ。本は、空腹を癒すことも病気を治すこともできないけれど、人の心に翼を与え、まだ見ぬ世界へといざなってくれる。
何気ない日常がいつ奪われるかわからない、そんな不安が蔓延する今だからこそ、ディタのように本の力を信じながら翻訳に向き合っていきたい。
◎執筆者プロフィール
金 知子(きむ ちじゃ)
韓日出版・実務翻訳者。訳書に『サムスン元CEOが教える 仕事の極意』(作品社)、『北朝鮮の食卓』(原書房)、共訳書に『[図説]韓国 食卓の文化史』(原書房)などがある。
★次回は韓日翻訳者・韓国語講師の高上由賀さんに「私の一冊」を紹介していただきます。
